宮崎地方裁判所延岡支部 昭和43年(ワ)38号 判決 1969年10月07日
原告
貴島要
被告
延岡カバヤ販売株式会社
主文
被告は原告に対し金九〇万円及びこれに対する昭和四三年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一九六万六、〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
(一) 原告は昭和四一年一月二六日午前八時三〇分ころ、延岡市中央通二丁目三の一三番地先国道一〇号線の横断歩道内を東から西に向つて横断中、同市中町から旭町に向け進行してきた訴外那須辰己運転の被告会社が保有する普通貨物自動車宮崎四せ一七〇三の前部と衝突転倒し、右骨盤骨折脳震とう右腓骨々折の傷害を蒙つた。
なお右事故は、那須辰己が時速約四〇キロメートルで横断歩道にさしかかつた際、運転席前のガラスが曇り、進路前方左右の注視が十分できなくなつたので、一時停止又は徐行して曇りをふき去り、前方左右に十分なみとおしができるようになつて進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然進行した過失により原告の発見がおくれ、七メートル前に認めてあわてて急制動の措置を講じたがまに合わずに惹起したものである。
よつて被告会社は自動車保有者として自動車損害賠償保障法三条により右傷害事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。
(二) 原告は明治三三年生れの健康な男子で、あんま・マッサージを業とし、事故前一日平均一、〇〇〇円以上の収入を得ていたものであるが、右事故のため同日同市船倉町一丁目中央病院に入院して治療をうけ、同年七月三一日退院し、その後も通院治療をうけているが、未だに腰痛及び下肢部に拡散するとう痛等があつて苦しんでおり事故日の昭和四一年一月二六日から昭和四三年一二月末日に至るも仕事ができず収入がないので、その間の八八三日分一日一、〇〇〇円として金八八万三、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失している。(なお本訴では右の内金七五万六、〇〇〇円の支払を求める。)
なお原告は右あん摩マッサージの仕事につき免許を得ていないけれど、「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師、柔道整復師等に関する法律」は行政上の取締規定に過ぎないので、右規定に反した施療行為であつても民事上の契約としては有効であり、代金請求権が認められるので、その請求権を前提とする損害賠償の請求自体も否定さるべき理由はない。
また右事故により原告の蒙つた苦痛に対する慰謝料は金一二一万円が相当であり、仮りに右得べかりし利益の喪失に基く請求が認められないとするならば相当慰謝料額は金一九六万六、〇〇〇円であると主張する。
よつて被告会社に対し、金一九六万六、〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年三月一三日(訴状送達の日の翌日)から完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
とのべ、被告の主張に対し、
被告の主張(二)の事実中、原告にも過失があつたとの点は否認する。原告は横断前に左右の通行を確認し、被告会社の車両が北方ロータリーの角を曲つてくるのを見てまだ十分間があると安全を確認して横断しはじめたものである。
同(三)の事実は、保険金三五万円が支出され、内金二四万八、七三七円は被告がうけとり主張の治療費の支払にあて、残金一〇万一、二六三円を原告がうけとつたこと、被告から金四六万余円を支払う旨示談の申入れがあり、原告はそれでは損害が補填されないので、右申入れを承諾しなかつたこと、はいずれも認める。
とのべた。〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
(一) 請求原因(一)の事実は那須辰己の速度の点を除きすべて認める。
同(二)の事実中、原告が明治三三年生れの健康な男子であり、事故当時小遺銭かせぎに無免許であんま・マッサージを行つていたこと、昭和四一年一月二六日より同年七月三一日まで入院治療し、その後同年九月一〇日までの間に八日間通院治療をうけたことのみは認めるが、その余の事実は否認し、相当慰謝料額は争う。
原告は事故当時無職で収入がないので延岡市より生活扶助の援護をうけて生活し乍ら、前記のとおり無免許であんま・マッサージを行ない月三―四、〇〇〇円の収入を得ていた模様であるが、仮りに主張の如き収入があつたとしても、右は違法な無免許行為による収入であつて法律上保護せらるべきものでなく、これが賠償請求は「クリンハンドの原則」に反する請求と同じく、実質的には公の秩序を乱す請求であり、許されないものというべきである。
とのべ、更に、
(二) 本件事故は、被告会社自動車が時速三〇キロで本件横断歩道の約七米前に差し掛つたところ、原告が突如横断歩道に進出し車両直前を横切ろうとする体勢を示したので、被告会社運転者は急停車の措置をとつたが及ばず、車両左側前面を原告に衝き当てるに至つたもので、被告会社運転者の過失に基因する事は言を要しない処であるが、原告も横断歩道をわたるに先だち左右の車両の通行の有無を確認して横断に掛つたならば本件事故は発生しなかつた筈であり、原告にもまた一片の過失が存するので、右原告の過失は損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌さるべきである。
(三) なお被告は自動車損害賠償保険金で原告の(イ)昭和四一年一月二六日より同年七月三一日までの入院治療費、及び同年八月一日より九月一日までの通院治療費金二四万八、七三七円、(ロ)入院通院中の休業損害補償金一〇万一、二六三円計金三五万円を支払つており、この他金四六万一、六〇〇円(右支払済分を含め合計金八一万一、六〇〇円)までならば支払つてよい旨原告に示談を申し入れたが、原告の承諾が得られなかつたものである。
とのべた。〔証拠関係略〕
理由
原告が昭和四一年一月二六日午前八時三〇分ころ、延岡市中央通り二丁目三の一三番地先国道一〇号線の横断歩道を横断中、進行してきた被告会社の保有する普通貨物自動車の前部と衝突転倒し、右骨盤骨折、脳震とう、右腓骨々折の傷害を蒙つたことは当事者間に争がなく、そうだとすると被告会社は自動車損害賠償保障法三条により原告に対し右傷害事故により生じた損害を賠償する義務があるものというべきである。
よつて先ず得べかりし利益の喪失による損害につき検討するに、〔証拠略〕を綜合すると、本件事故当時まで、原告があんま・マッサージ業により若干の収入を得ていたことはこれを認めることができるけれど、右あんま・マッサージ業につき原告が「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師、柔道整復師等に関する法律」に定める免許を得ていないことは当事者間に争がないばかりでなく、〔証拠略〕によると、原告は右法律に違反して(違反者に対する罰金刑の罰則も定められている)無免許のままあんまマッサージ業を行つていたため、保健所から、生活保護法による保護を受給してあんまマッサージの無免許営業をやめるように、と注意指導された結果、昭和三六年一〇月六日より(現在に至るまで、但し昭和四二年四月一日より同年八月二二日迄の間を除く)生活・住宅・医療等の各扶助を受給するようになつたのに、右無免許営業の方は扶助の金額が少ないことを口実にして保健所の右指導に従がわず営業を行つていたものであることが認められる。
そうだとすると、原告が仮りに主張の期間中右の違法な無免許営業によるうべかりし利益を喪失したとしても、その賠償を請求することは信義誠実の原則に反しゆるされないものというべきである。
よつて更に慰謝料につき検討する。
本件傷害事故は、被告会社貨物自動車の運転者訴外那須辰己が前記横断歩道にさしかかつた際、運転席前のガラスが曇り進路前方の左右の注視が十分できなくなつたのに漫然そのまま進行した過失により右横断歩道を横断中の原告の発見がおくれ、七メートル前に始めて認めて急制動の措置を講じたがまに合わず惹起したものであることは、被告会社の認めて争そわぬところである。被告会社は、原告にも、横断に先立ち左右の車両の通行の有無を確認せず、突如横断歩道に進出し、被告会社自動車の直前を横切ろうとした点に過失相殺にあたいする過失がある旨主張し、原告本人尋問の結果によると、当時原告の視力は〇・〇三程度で十分でなかつたことは認められるけれど、原告が左右の車両の通行の有無に注意を払わないまま突如横断を始め、被告会社自動車の直前を急に横切ろうとしたような事実はこれを認めるに足る証拠がないから、右主張は採用できない。
而して原告が明治三三年生れであること、前認定のとおりその視力は十分でないけれど事故前健康であつたこと、前記骨盤骨折等の傷害のため事故当日の昭和四一年一月二六日から中央病院に入院して治療をうけ、同年七月三一日退院したが、退院後も同年九月一〇日までの間通院による治療をうけたことは当事者間に争がなく、更に〔証拠略〕を綜合すると、原告は同日症状固定治癒と診断されたが、腰痛及び下肢に拡散する疼痛、頭重等の後遺症が残り、歩行は可能であるが二階への階段の上下には人の助けを要し、また長時間座ることができないような状態にあり、その後も通院して右後遺症の治療をうけ、昭和四四年一月現在未だに通院中であることが認められる。
なお原告が自動車損害賠償保険金中から金一〇万一、二六三円を受領していることは原告の認めて争そわぬところである。
そこで以上のような本件事故の態様傷害の部位程度その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、本件傷害事故によつて原告が蒙つた精神的損害に対する慰謝料は右受領ずみの金一〇万一、二六三円のほかに更に金九〇万円をもつて相当と認める。
そうだとすると、原告の本訴請求は、金九〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録に照し明らかである昭和四三年三月一三日から支払済みに至るまでの民事法定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村田晃)